2019年2月。
堀江昭佳が代表を務める一般社団法人日本漢方薬膳協会は、 「子どもが売られない世界をつくる」という活動をされているNPO法人かものはしプロジェクトさんに共感し、かものはしプロジェクトの創業者であり、 理事でもある村田早耶香さんから詳しいお話をおうかがいしました。
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「子どもが売られない世界をつくる」 認定NPO法人かものはしプロジェクト
かものはしプロジェクトとは、 一体どんな活動をされる団体なのか?
下記レポートで詳しくお伝えします。
◆「子どもが売られない世界をつくる」活動のきっかけは?
- 村田さん
- もともとは、実家でアジアの留学生を支援していまして、私にはアジアがすごく身近にあったのです。
- 堀江
- ご家庭で支援を?
- 村田さん
- そうなんです。タイから来た子がうちに泊まっていたことがありまして、当時タイと日本はものすごく経済格差があって、1万円あれば公立の中学校に通う学用品や制服などの費用がまかなえる、という話を聞いたんですね。
- それだったら、お年玉の1万円を寄付して、タイで同世代の人が一人でも多く学校に行けたらいいなと思いました。経済の差があるからこそ、先進国の責任もすごく大きいなと感じたのです。
- 堀江
- なるほど。
- 村田さん
- それで、大学で海外支援の勉強をしました。授業の中で出会ったのが、この問題だったのです。
※かものはしプロジェクト「子どもが売られる問題」
https://www.kamonohashi-project.net/activity/problem/
- 堀江
- そういう授業があったんですか?
- 村田さん
- そうです。国際協力の授業で教えてくださった先生が国際機関でご活躍されていて、その授業の中で児童買春や子どもの人身売買の話がありまして。その時実例として出されたことが、私の人生を動かしたという感じです。
- 堀江
- ご家庭でアジアの留学生を支援されるようになったきっかけは?
- 村田さん
- 父親がたまたま海外に出張する機会があって、東南アジアに一ヶ月位行っていたんですね。そこですごく親切にされて、恩返しがしたいと思ったようです。
- 堀江
- へー!なるほど。
- 村田さん
- 東南アジアは、自分の中では日本のどこかの地方とさほど変わらない感じでしたので、それで東南アジア支援を始めた、というのがきっかけです。
◆支援対象と売られている子どもが違った?
- 堀江
- 会計報告を拝見しまして、最初の頃に「IT事業」ということをされていましたよね? あれはどういう内容だったのですか?
- 村田さん
- あれはですね、もともと2002年に団体を作ってカンボジアに進出しました。最初の2年間は私も大学生だったので……。
- 堀江
- 大学在学中に団体を立ち上げられたんですか?
- 村田さん
- そうなんです。大学3年から2年間お金を貯めて、2004年からパソコン教室を始めました。
- 堀江
- それはカンボジアで?
- 村田さん
- はい。今となっては絵に描いた餅のような話ですが……。最初に描いていた絵は、ITの職業訓練を行って、子どもが貧困から脱却できるようにと考えていました。ITだったらそんなに設備も必要ないですし、労働集約的な作業がどうしても発生するので、それをカンボジアで育成した貧困層の子どもたちがやることで、仕事を提供できると思って進めていたのですけども……。
- 堀江
- 何かあったんですか?
- 村田さん
- 対象者と売られている子どもが全然違うということがわかってきまして。
- 堀江
- え!
- 村田さん
- 私たちの予想では、小学校中退とかそういう子たち、しかも都心にいる子どもたちが売られていると思っていたんですね。それがやっていく中で、被害者層は農村の無教育の子どもたちだということがわかってきたのです。
- 堀江
- そうなんですか。
- 村田さん
- はい。IT教育は文字の読み書き・計算がある程度できないと習得できないですよね。農村は電気も通っていない場所ですので……。やっていることを変えて農村での被害者が出ないようにしないと、被害者は減らないということがわかってきました。
- 堀江
- なるほど。
- 村田さん
- そういう理由で、2007年に事業の方針転換をしました。IT事業は、資金調達のエンジン、収益事業として2012年くらいまでやっていました。
- 堀江
- それはどちらで?
- 村田さん
- カンボジアでパソコン教室を2007年までやっていました。ただ、日本で仕事を提供するためにIT事業部を2003年からやっていましたので、その人たちの雇用を守るために……。
- 堀江
- それはカンボジアに向けて発注するための?
- 村田さん
- はい、発注する予定で作ったのですが、結局日本国内だけで資金を調達する場所として役割を果たし、2012年に役割を終え、みんな転職したり独立したりしていきました。なので、IT事業の収益が途中まであるのです。
- 堀江
- そういうことだったんですね。
※かものはしプロジェクト「カンボジアでの活動」
https://www.kamonohashi-project.net/activity/cambodia/
◆売られた子どもの話
- 村田さん
- (写真を見せながら)この子はミャンマー農村出身のミーチャという女の子で、実際に売られた経験のある子です。この子は山岳少数民族と言って、国から国民として認められていないので、戸籍を持っていなかったんですね。
- 堀江
- 戸籍がないんだ……。
- 村田さん
- すごく貧しくて、お母さんはすでに病死していて、お父さんは障害があって働けなかったんです。兄妹がたくさんいたので、長女である彼女が出稼ぎに出れば家族が助かるという状態で。タイのバンコクに連れていかれて、子守の仕事だと聞いていたのに、そこは売春宿で。タイ語がわからないので逃げ出すこともできず、結局そこで4年間も売春宿で働かされていました。
- 強制的に働かされていたので、お客さんの半分はコンドームを使ってくれず、彼女はHIVに感染してエイズを発症してしまいました。最終的には売春宿から逃げ出すことができたんですけど、チェンマイのHIVケア施設に行った時は、すでに末期状態でした。
- どんな医療措置をとっても治らない、余命半年の時、彼女はまだ20才。日本から来た新聞記者に、自分が売られた経緯を話してくれて、それが記事になっていました。
- 彼女は話す途中、思い出すのがつらくて何度も泣いて……。記者の方が「思い出させてごめんなさい」と伝えると、気にしないでください、私の話を聞いた日本の誰かがきっとこんなつらいことを終わらせたいと思って行動してくれると思うから、私の話をぜひ伝えてくださいって、そう言うのです。
- 本当は夢があって、学校というところに勉強をしに行ってみたかったって。そうしたら私は警官になって、私みたいに売られる子どもを紹介するような悪い大人たちをやっつけたいって。でもそれは叶わない夢だってわかってるって。私の医療費のために、NGOの方が多額の費用を使ってくれているから、そんな贅沢なことは言えない。だから内緒にしてね、ってそう言うんです。
- 結局ミーチャは、この写真が撮られた3ヶ月後に亡くなりました。彼女が農村部からタイの売春宿に売られた時の金額が、たったの3,000バーツ、日本円で1万円くらいだったんですね。
- 堀江
- 1万円……。
- 村田さん
- それを聞いた時に衝撃を受けまして……。私はフェリス女学院大学という学費が関東で最も高い大学に行っていて、勉強はできれば楽にやりたくて授業をさぼって3限目から出席したりして……。
- 堀江
- それはすごくわかります(笑)
- 村田さん
- 日本人の大学生は結構そうだったりしますよね。
- 高校生の時の塾の費用とか、その日に着ていたドット柄のワンピースが1万円だったんです。このワンピース一枚、渋谷で買わずにもし寄付をしていたら、この子は助かったのかもしれない。そう思うと、1才しか年齢が違わないミーチャに比べて、私はのうのうと日本で生きていて、こんな堕落した生活をしていて。彼女は家族のために出稼ぎに出たのに、そんな子が12才から虐待を受け続けて売春をさせられて、結局20才で亡くなるという……。
- 堀江
- うん、うん。
- 村田さん
- 一体何のためにこの世に生まれてきて、いろんな人の搾取に遭って……。若い命がこんな風になくなっていくなんて絶対に許せない、と思いました。
- それがきっかけでいろいろ調べていくと、被害者が100万人もいるということがわかりました。実際の数字は隠れているのでわからないんですけど、少なくともこれだけの被害者が18才未満の子だけでもいる、そんなことはあってはならないことだ、と強く思ったのです。
◆カンボジアでの活動を終えて
カンボジアでの活動を2002年にスタートされ、2018年3月末で終了となりました。 終了した理由は、18才未満の売春宿従事者の数が激減したこと。村田さんご自身も肌でそれを感じられ、断腸の思いで終了を決断されたそうです。
その思いを、村田さんはホームページで下記のように綴っています。
泣いてしまいそうなのであまり考えないようにしてきましたが、ついにかものはしがカンボジアから離れる日がやってきました。2002年に団体を設立したとき、「この人たちとなら社会を変えられるかもしれない」とワクワクしたことを覚えています。現実は甘くなく、何度やめたいと思ったかわかりません。それでも活動を前に進めていく中で、ファクトリーで最貧困家庭の女性たちの生活状況が改善したり、警察訓練支援によって加害者の逮捕数が増えていきました。様々な方々がカンボジアの子どもが売られる問題をなくすために動いた結果、5歳や6歳の子どもまでが売られていたカンボジアで、売春宿に売られる子どもの被害者が激減しました。
私たちの力は小さいけれど、決して無力ではないと感じています。16年間、カンボジアを支援してこられたのは、熱意と構想しかなかった初期の頃からいままでの間、一緒に汗を流し知恵を貸してくださった方々、活動資金をご支援くださった方々のおかげです。感謝しかありません。
長年取り組んできたカンボジアから離れることは苦渋の決断でしたが、ここ数年のカンボジアメンバーの成長は目覚ましく、「もう大丈夫」と安心できました。私にできることは、自立していったカンボジア事業を見守り、できるサポートをしながら、自分たちの下した決断を良いものにしていくことだと思っています。ただただ、前を向いて邁進していくのみです。
※かものはしプロジェクト「Feature Report #7ページ」より抜粋
https://www.kamonohashi-project.net/blog/4649/
『かものはしプロジェクト』は、「サバイバー」と呼ばれる人身売買被害者が自分の人生を取り戻すための活動と、人身売買ビジネスが成り立たないような社会の仕組みを作る活動の2つを軸として、創業者の村田早耶香さん、本木恵介さんを中心に、多くのスタッフの方々が活動されている認定NPO法人です。
現在はカンボジアの活動に続き、「2022年までにインドでの『性的目的での子どもの人身売買』をなくす」という目標の元、インドでの活動をされています。
一般社団法人日本漢方薬膳協会は、 かものはしプロジェクトの活動を支援するため、 2019年2月7日に寄付をさせていただきました。
日本漢方薬膳協会は、 講座やセミナー、講演会などを主催しています。
もちろん、講座やセミナーは自分のための学びではありますが、 それに参加することで同時に「世界の誰かの役に立てる」そんな風に感じてもらえたら──。
そんな思いを込めて、当協会の収益の一部を社会貢献の一環として寄付をさせていただきました。
かものはしプロジェクトの活動支援は、 「サポーター会員」になることで、毎月決まった額(1,000円から)を支援することも可能です。 (2019年2月現在、マンスリーサポート会員数は約9,000人)
筆者:スタッフ大竹
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