不妊治療にはいくつもの治療法があり、初めての方にとっては複雑で、ときに混乱や誤解を招きます。
そのひとつが「人工授精」。体外受精と混同されやすいですが、まったくちがう治療法です。
また、「人工」という言葉から機械的で冷たい印象を受ける方がいるかもしれませんが、実際にはかぎりなく自然妊娠に近い不妊治療といわれています。
今回は「人工授精」にスポットを当てます。人工授精とセットで行われることの多い「排卵誘発法」についても一緒に説明しますので、これから治療を開始される方はぜひ参考にしてください。
人工授精は自然妊娠にかぎりなく近い治療法
人工授精は、
- タイミング法でなかなか妊娠しない
- 精子の状態があまり良くない
- 自然なセックスで妊娠する可能性が低い(性交障害、性機能障害など)
このようなケースに対して行われる治療法です。
世界で初めて人工授精が行われたのは18世紀末。すでに200年以上も前から行われていた歴史ある治療法で、体への負担が少なく治療費は1周期あたり2〜3万円が相場です。
治療の流れを簡単に説明すると、
- ・男性から精液を採取
- ・不純物を除いて元気な精子だけを集める
- ・排卵のタイミングで膣から細いチューブを入れて、精子を子宮に注入する
- ・その後の受精・着床のプロセスは自然妊娠と同じ
- 精子を回収・洗浄し、子宮に注入するという点では人為的ですが、その後の受精・着床というプロセスは体内で自然の成り行きに任せます。
つまり、「精子の子宮内への進入を助ける治療」であって、受精そのものにはタッチしません。
いっぽう、人工授精と混同されやすい体外受精は、文字通り「体の外」で受精させる治療法です。
採卵といって卵巣から卵子を取り出す処置が必要になるため、人工授精にくらべて体への負担が大きく、その分治療費も高額になります。
排卵誘発剤を使うことで妊娠率がアップする
人工授精だけの治療も可能ですが、排卵誘発剤を使用することで妊娠率がアップします。
排卵誘発法は卵胞の発育・排卵に必要なホルモンの分泌を薬でコントロールし、排卵を促す治療法です。使用する薬によって、大きく4つに分けられます。
クロミフェン療法
商品名:クロミッド(飲み薬)
〈薬の作用〉
- 視床下部にあるエストロゲン受容体に作用し、脳がエストロゲンを感知しないようにする
- エストロゲンを感知しない=「卵胞が育っていない!」と脳に錯覚させることで、ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)の分泌が増える
- その結果、下垂体から卵胞刺激ホルモン(FSH)・黄体化ホルモン(LH)の分泌が増える
- FSH・LHが増えると卵胞を育てる力が強くなり、いくつかの卵胞が育つ
〈副作用〉
- 多胎妊娠
- 視覚異常、頭痛
- 抗エストロゲン作用によって、子宮内膜が薄くなる・頸管粘液が少なくなるなど、妊娠にとってはデメリットとなる副作用がある
- 排卵の引き金となるLHサージ(黄体化ホルモンの大量分泌)を抑える作用があるため、卵胞が育っても排卵しないことがある。そのため、LHと同じ作用をもつhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)を排卵期に投与するのが一般的になっている
〈治療効果〉
- 排卵率は60〜90%
- 高い排卵率の割には、妊娠率は20%程度。これは子宮内膜・頸管粘液への影響が関係している
シクロフェニル療法
商品名:セキソビット(飲み薬)
- 薬の作用はクロミフェンと同じ
- クロミフェンにくらべて抗エストロゲン作用が弱く、子宮内膜・頸管粘液への影響が少ない
アロマターゼ阻害薬
商品名:フェマーラ、アリミデックス(飲み薬)
※もともとは乳がん治療のための薬で、不妊治療においては保険適用外。
〈薬の作用〉
- エストロゲンを作るのに必要なアロマターゼの活性を抑え、エストロゲンの分泌を減らす
- エストロゲンの分泌が減る=「卵胞が育っていない!」と脳が錯覚し、卵胞刺激ホルモン(FSH)・黄体化ホルモン(LH)の分泌が増える
- FSH・LHが増えることで、卵胞を育てる力が強くなる
〈副作用〉
- 2005年、海外で催奇形性が報告された。しかし、その後の研究では奇形発生率が高まるという明らかな根拠は示されていない
〈治療効果〉
- クロミフェンにくらべて排卵させる力は弱いが、その分副作用が少ないというメリットがある
- 妊娠率はクロミフェンと同等で、多胎予防効果もある
ゴナドトロピン療法
商品名:HMG注テイゾー、フェリング(hMG製剤)
ゴナピュール注用、フォリルモンP注(FSH製剤)
フォリスチム、ゴナールエフ(rFSH製剤)
※hMG(ヒト閉経期尿性ゴナドトロピン)製剤
…閉経後の女性の尿を精製したもので、FSH・LHの両方を含む
※FSH(卵胞刺激ホルモン)製剤
…LHはほとんど取り除かれ、ほぼFSHだけでできている
※rFSH(遺伝子組換え卵胞刺激ホルモン)製剤
…FSHだけでできている。高価だがアレルギーが少なく、ペン型タイプで自己注射できるメリットがある
〈薬の作用、治療効果〉
- 強力な排卵誘発作用があるため、一般不妊治療の場合はごく少量を使用
- クロミフェン療法で効果のないケースに使われることがある
- 1周期あたりの妊娠率は20%(多嚢胞性卵巣症候群の患者を対象にした調査による)
〈副作用〉
- 多胎妊娠
- 卵巣過剰刺激症候群(OHSS)
- 排卵誘発作用が強いため、副作用に十分注意する必要がある
人工授精の治療効果は?
人工授精による妊娠率は、「タイミング法の約2倍、体外受精の約4分の1」といわれています。
1回の人工授精で妊娠できるケースはまれで、約9割の方が5回目までに妊娠しています。
しかし、6回目以降になると妊娠率の増加はごくわずかで、これは「回数を重ねてもなかなか妊娠できないカップルが一定数いる」ということです。
ピックアップ障害や受精障害があるケースでは、人工授精を何回くり返しても妊娠は期待できません。
ひとつの治療にこだわりすぎると、適切な治療方針・適切なステップアップのタイミングを見誤ることにつながり、いたずらに時間とお金を浪費することにもなります。
また、加齢による卵子の劣化・妊娠力の低下を考慮すると、女性が38歳以上の夫婦は早めに体外受精へのステップアップを検討すべきです。
時の流れは待ってくれません。
【まとめ】
ここまで読んでくださった方は、人工授精について
- 精子の子宮内進入を助ける治療
- しかし、受精・妊娠のプロセスはいたって自然
…という特徴を理解していただけたと思います。
タイミング法からのステップアップというだけでなく、勃起障害・射精障害・性交痛など「なんらかの理由でセックスができない。でも子供は欲しい」と苦しんでいる夫婦にとっては、人工授精が妊娠への近道となりえるのです。
さらに、排卵誘発剤は正しく使用すれば卵胞の発育を助け、排卵に導いてくれるので妊娠率のアップに一役買ってくれます。
人工授精や排卵誘発法は、「赤ちゃんが欲しい」という希望を叶えるためのひとつの手段です。夫婦が納得されているのであれば、他人の目を気にする必要はありません。
「自然」とか「人工」という言葉にまどわされず、自分たちにとってベストだと思う治療法を選んでいただきたいと思います。
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<出典・参照元>
生殖医療の必修知識2017(一般社団法人 日本生殖医学会編)
不妊治療を考えたら読む本 科学でわかる「妊娠への近道」(浅田義正・河合蘭 著 講談社ブルーバックス)
卵子老化の真実(河合蘭 著 文春新書)