夫婦のどちらかに重い遺伝性の病気がある場合や、染色体異常による習慣性流産がある場合、「着床前診断」という選択肢があります。
妊活中の方なら一度は耳にするであろう着床前診断、いったいどんな検査かご存知でしょうか?
まだ研究段階の分野で一般的に広く行われていないことや、「遺伝子」「染色体」など専門的な言葉が出てくることもあり、あまり馴染みがなく難しいと感じるかもしれません。
今回は、着床前診断に興味のある方や受けるべきか悩んでいる方に向けて、基本的な内容をわかりやすくお伝えします。
どんなときに着床前診断を受ける?気になる費用は?
着床前診断は1990年頃から始まり、日本では2004年から行われています。
◎着床前診断とは?
体外受精で得た複数の胚(受精卵)から細胞の一部を取り出し、遺伝子や染色体に異常がないか調べる検査です。
その検査によって異常のない胚を選び、子宮に戻すまでの一連の処置を「着床前診断」と呼びます。
◎着床前診断の目的
着床診断には3つの目的があります。
- 遺伝性の病気にかかっていない子どもを産むこと
- 出生前診断の結果による人工妊娠中絶を避けること
- 流産の確率を減らすこと
着床前診断は体外受精後の胚の段階で検査を行うため、妊娠が成立してから行う「出生前診断」とは異なります。
出生前診断の結果によっては妊娠の継続を断念することも考えられますが、着床前診断であれば妊娠成立前に検査結果を知ることができ、かつ異常を認めない胚のみを子宮に戻すため、人工妊娠中絶を回避できると考えるのです。
また、夫婦の染色体異常により習慣性流産をくり返している場合にも、検査で異常のない胚を子宮に戻すことで流産の確率を減らすことができます。
◎適応となるケース
着床前診断は、希望すれば誰でも受けられる検査ではありません。
まずは、夫婦が「着床前診断の適応となるか」をチェックします。
- 重い遺伝性の病気が子供に伝わる可能性がある
- 夫婦の染色体異常によって流産をくり返している
つまり、「夫婦のどちらかに遺伝性の病気もしくは染色体の異常があると診断されていること」が前提条件となります。
◎実施できる医療機関
着床前診断は気軽にどこでも受けられる検査ではありません。
生殖医療および遺伝子・染色体診断に関する専門知識と治療実績があること、適切な医療設備や人材が確保されていることなど、日本産婦人科学会の審査を受け認可された医療機関でのみ行うことができます。
着床前診断を行うにあたっては、実施予定施設の倫理委員会で検討を行ったのち日本産婦人科学会に申請し、適切な医療機関であるか・夫婦が着床前診断の適応となるかを審査され、認可がおりれば実施可能となります。
そのため申請から実施までは少なくとも半年以上かかり、カウンセリング・採卵・体外受精・検査の費用などを含めると、トータルで100万円ほどが相場といわれています(費用は医療機関によって異なります)。
また、着床前診断を最終的に決断するのは医療者ではなく患者(夫婦)です。
処置や検査の方法・安全性・精度などについて医療者から十分な説明とカウンセリングを受け、そのうえで夫婦が着床前診断を強く希望し、夫婦2人の同意があってはじめて着床前診断に向けた準備が始まります。
着床前診断はまだ研究段階の診断法であるため、このように段階を踏んで慎重に進められるのです。
着床前診断は具体的にどんなことを行うの?
着床前診断は、つぎの5つのステップで行います。
①卵巣刺激、採卵
②体外受精、胚培養
③胚生検
④遺伝子・染色体検査
⑤胚移植
①②⑤については、通常の体外受精と同じ手順です。
体外受精によって得られた受精卵は細胞分裂をくり返し、2〜3日後には4〜8個の細胞をもつ胚になっています。そこから1〜2個の細胞を取り出すことを「胚生検」と呼び、この一部の細胞を使って検査が行われます。
分裂途中の細胞を、一部とはいえ取り出して大丈夫なの?と心配になりますが、この時期は細胞分裂が盛んなうえ、「体のどの部分になるか」という役割がまだ決まっていない(逆にいえば、どの部分にもなれる)ため、赤ちゃんへの影響は少ないと考えられています。
検査は大きく分けて2つあります。
◎遺伝子検査
夫婦のもっている病気に関わる遺伝子を調べて、子どもに病気が遺伝するかどうか(夫婦と同じような遺伝子の変化があるかどうか)をみます。
◎染色体検査
習慣性流産の原因のひとつとして考えられているのが、「均衡型構造異常」と呼ばれる染色体転座です。転座とは染色体の一部が入れ替わることですが、染色体の量には変化がなく、保因者(染色体異常をもっている人)は一見すると健康そのもので何の症状もありません。
しかし、妊娠に際して夫婦のどちらかが「染色体転座の保因者」であると、精子や卵子の一部の染色体に異常を起こすことが多く、流産や病気をもつ赤ちゃんが生まれる可能性が高くなります。
染色体検査は、この「染色体転座」に関わる染色体の数を調べます。
検査で遺伝性の病気や染色体異常の有無を調べたら、その中から異常のない胚を選んで子宮に戻します(胚移植)。
着床前診断が与える影響と注意点について
着床前診断による妊娠率は、1回の胚移植につき約30%という報告があります。
生まれてくる子どもにどのような影響をおよぼすかについては、その成長を長期的に見ていく必要があるため、はっきりしたことはわかっていません。
夫婦や子どもに与える影響について、現時点で考えられているのは次のようなものです。
◎赤ちゃんに与える影響
体外受精・胚生検・胚移植など、精子・卵子・胚を人の手で操作することによって病気が増えるという意見と、影響はないという意見があります。
しかし、生まれた赤ちゃんに何かしらの影響があったとしても、それが着床前診断によるものなのか、夫婦の体質に由来するものなのかを特定するのは難しいとされています。
◎夫婦に与える影響
着床前診断で子宮に戻すことができる胚は、採卵した卵子のうち20〜30%ほどです。
そのため、通常の不妊治療に比べてより多くの卵子が必要で、排卵誘発剤による副作用や数回にわたる採卵といった体への負担とともに、金銭的・精神的負担が懸念されます。
また、着床前診断は100%確実なものではなく、検査には限界があります。
1〜2個の細胞で得られる情報は少なく、あくまでも胚の一部を検査しているに過ぎないため、正しい診断結果が出ないこともあるのです。
さらに、着床前診断は異常が疑われる遺伝子や染色体に限定して検査をするため、それ以外のものについては調べることができません。
これらのことから、着床前診断をしても病気や染色体異常をもった子どもが生まれる可能性はゼロとはいえないのが現状です。
また、着床前診断で妊娠が成立した場合、オプションとして出生前診断を受けるかどうかを考える必要があります。
出生前診断は「着床前診断の結果を再確認すること」が目的で、胎盤の一部である絨毛細胞を検査する「絨毛検査」と、羊水を検査する「羊水検査」があります。
出生前診断を行うことで検査の精度が上がるというメリットがある一方で、破水や流産などのリスクを伴います。絨毛検査では約3%、羊水検査では約0.3%の確率で合併症を起こす可能性があるといわれています。
着床前診断を受けないという選択もある
着床前診断は夫婦に遺伝性の病気や習慣性流産がある場合に行われる検査ですが、医療者側から強制されるものでもなければ必須の検査というわけでもありません。
検査を受けるか受けないか、選択する権利は常に患者側にあります。
◎着床前診断を決断する前に知っておいてほしいこと
検査をしなくても病気が遺伝せず、もしくは流産せずに元気な赤ちゃんが生まれる可能性はあります。
遺伝性の病気といってもそのパターンはさまざまで、一人ひとり病気の状況は異なります。子どもへ遺伝する確率も、その確率が高いか・低いかという捉え方も人それぞれです。
大切なのは、「自分たち夫婦の場合、子どもに遺伝する確率はどれくらいか」を知り、その確率が「自分たちにとって高いか・低いか」「着床前診断をする意味はあるか」を十分に話し合うことです。
◎着床前診断に関する慎重な意見
着床前診断が日本で行われるようになってから15年、まだまだ社会に広く浸透しているとはいえない状況です。
さらに、研究段階の診断法であることや生命倫理という点で、非常にデリケートな分野でもあります。
受精卵という「人間のもと」ともいえる細胞に人間が手を加えること、遺伝子・染色体に異常のない胚を選び取って妊娠につなげることが倫理的に正しいのか、命の選別や障害者の排除につながるのでは……など、慎重な意見があるのも事実です。
100人いれば100通りの考え方があるため、このような意見が正しい・間違っているということではありません。
大切なのは、着床前診断を受けようと考えている夫婦や実際に受けた夫婦が十分に話し合い、納得できる答えを出せるかどうかではないでしょうか。
【まとめ】
近年の晩婚化や不妊治療人口の増加、生殖医療・遺伝子解析の進歩によって、着床前診断の応用範囲は今後さらに広がっていくでしょう。
そして、このような高度生殖医療・遺伝子診断は卵子や受精卵といった「命のもと」となる細胞を扱うため、倫理的な問題を考えないわけにはいきません。
今回のテーマが、妊活に励む方一人ひとりの「子どもをもつ意味」「診断・治療を受ける意義」を考えるきっかけになれば幸いです。
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堀江昭佳Twitter
<出典・参照元>
生殖医療の必修知識2017(一般社団法人 日本生殖医学会編)
「着床前診断」に関する見解(公益社団法人 日本産婦人科学会)
「遺伝カウンセリング資料」〜着床前診断のはなし〜Ver.1.10(北川尚子・澤井英明 京都大学大学院医科学研究科社会健康医学系専攻)