はじめてさんのための不妊治療の教科書 その⑨ 将来の妊娠に備える卵子凍結法

  • 不妊治療・婦人科

女性の社会進出にともない、夫婦のあり方やライフスタイルが多様化した結果、日本では晩婚化・初産年齢の高齢化が進みました。同時に不妊治療・高度生殖医療を受ける人が増え、2000年代初頭から「卵子凍結」という言葉が広がってきました。

「今すぐ妊娠・出産は無理だけど、卵子凍結しておけば安心!」と保険やお守りのように考えている人もいるでしょう。

今回は、将来の妊娠に備える「卵子凍結」がテーマです。

卵子凍結の適応と方法

卵子凍結はどのようなときに行われるのでしょうか?

卵子凍結の適応は、

  • 病気の治療などによって、生殖機能の低下あるいは喪失の可能性がある場合(具体的には、がん・白血病・悪性リンパ腫など)
  • 病気の治療を行っている主治医の許可が得られている者で、成人の場合は本人の同意、未成年の場合は本人および親権者の同意があること
  • 医療者から卵子凍結についての十分な説明を受けていること

 

また、医学的な理由以外でも卵子凍結をすることは可能です。

  • 夫の海外出張・単身赴任などにより夫婦がともに暮らす時間が限られる場合

(その間に、加齢による生殖機能の低下や妊娠のチャンスを逃す可能性がある場合)

  • 対象者は成人女性で、採卵時の年齢が40歳を超えないこと
  • 凍結保存した卵子を使用する年齢が45歳を超えないこと

 

もともと卵子凍結は、「病気などによって生殖機能が脅かされ、その結果不妊になるリスクが高い女性」に対する妊娠力温存のために発展した医療です。つまり、卵子凍結を「万が一の保険」や「お守り」として利用するのは卵子凍結の本来の目的からズレています。

日本産婦人科学会や日本生殖医学会も、「妊娠適齢期での自然妊娠がベスト」「卵子凍結を治療目的以外にむやみに行うべきではない」というスタンスをとっています。


実際の卵子凍結は、前回お話した「受精卵(胚)の凍結」と同様の「ガラス化法」という方法で行います。

女性の卵巣から卵子を取り出し、凍結保護剤という特殊な液を使って卵子内の水分と保護剤を入れ換えて、−196℃の液体窒素で一気に卵子を冷凍しガラスのように固める方法です。

これによって卵子を凍らせる前とほぼ同じ状態で何年間も保存することができ、子づくりを希望するタイミングで卵子を融解し(元に戻す)、顕微授精を行います。

 

卵子凍結は妊娠の切り札?

冒頭でもお話したように、女性の晩婚化・初産年齢の高齢化の背景には、女性の社会進出によってキャリア志向の女性が増えたことや、ライフスタイル・結婚観・家族観が多様化したこと、少子高齢化・社会保障の先細りで子供を持つことへの強い不安などがあります。


このような時代に、「今すぐ妊娠・出産は無理だけど、将来に備えて卵子をストックしておこう」と考える女性が増え、卵子凍結が保険やお守りのように認知されることになったのは当然の流れかもしれません。

近年の人口動態統計(厚生労働省)によると女性の初産平均年齢は30.7歳で、2011年に初めて初産平均年齢が30歳を超えてから年々微増しています。


「卵子は凍結できるから、いつか子供が欲しくなっても備えておけば大丈夫!」という考え方もあるかもしれませんが、本当にそうでしょうか?

卵子凍結は、病気の治療によって生殖機能の低下が避けられない女性や、生まれながら・もしくは加齢によって将来妊娠することがむずかしいと思われる女性にとっては、確かに「万が一の備え」になります。


しかし、卵子凍結をしても生身の体は確実にエイジングしていくのですから、凍結保存だけに目を向けるのではなく「何歳で卵子凍結をするか」「凍結保存しておいた卵子をいつ使うか」ということも重要になってきます。

わかりやすく例えると、30歳で卵子凍結をして40歳で子づくりを考えた場合、30歳当時の若い卵子を使って顕微授精をすることができます。

かたや、35歳で卵子凍結をして40歳で子づくりを考えた場合はどうでしょうか?

卵子の年齢・質には5年の開きがあり、受精・着床の確率が高いのは間違いなく30歳当時の若い卵子です。


つまり、自然妊娠やほかの不妊治療と同様、卵子凍結もできる限り若いうちに行ったほうがよいということになります。

40歳目前で慌てて卵子凍結……という方も実際にはいるのですが、残念ながら女性は35歳あたりから卵子の質も妊娠力も低下する一方です。

卵子凍結時の年齢が高いほど、顕微授精の成功率は低く、染色体異常による流産の確率も確実に増えます。

「卵子凍結したから安心!」とは決していえないのが現実です。

 

「卵子凍結したから安心」ではなく、その後のライフプラインを考えることが大切

千葉県浦安市で2015年から2018年の3年間、20〜34歳までの女性市民を対象に、卵子凍結にかかる費用が助成され話題になりました。

これは、「将来産みたい人の選択肢を増やす」ことを目的としており、実際に29名の女性が卵子凍結を行いました。

この浦安市の事業が話題になったのは、卵子凍結を自治体として支援する全国初の試みであったことや、将来の妊娠・出産に対して不安を抱える女性の希望となったことが大きいと思います。


しかし一方で、「卵子凍結しても、それを利用するチャンスがなかったらどうするの?」という問題があります。

つまり、未婚女性の場合であれば「パートナーが見つかるかどうか」という問題、既婚女性であれば「妊娠・出産によるキャリアダウン」「子育てに対する不安」などの問題をクリアしなければ、せっかく卵子凍結をしても妊娠・出産に踏み切れない……ということが十分考えられるのです。


このようなことから、「卵子凍結をすれば将来安心!」ではなく、卵子凍結後の「その先」を具体的に考えておくことが大切になってきます。

婚活・仕事・顕微授精・経済的負担・健康面……考え出すとキリがないのですが、卵子凍結をすること・子供を持つということは、それだけ人生に大きな影響を与えるのです。

卵子凍結を「なんとなく」やる人はいないと思いますが、将来への漠然とした不安から「念のためやっておこう」と考えるのではなく、先々のことをしっかりと考えてから結論を出されるとよいでしょう。

 

【まとめ】

病気などで生殖能力の低下を余儀なくされる人たちにとって、卵子凍結は未来への希望を託す医療です。

ARTがどんどん身近なものになるにつれ、卵子や受精卵など「生命の根源」を凍らせて保存するという医療行為が、近い将来もっと一般的になるかもしれません。

卵子凍結は、やって終わりではありません。凍結後の卵子をどのように扱うのか、卵子凍結が人生においてどのような意味を持つのか、ということまで考える必要があります。

卵子凍結を正しく理解し、適切な方法で行い、倫理的かつ計画的な取り扱いをすることよって、はじめて卵子凍結は成功といえるのです。


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<出典・参照元>

生殖医療の必修知識2017(一般社団法人 日本生殖医学会編)

平成27年 人口動態統計月報年計(概数)の概況 厚生労働省

朝日新聞デジタル